山口地方裁判所 昭和57年(行ウ)2号 判決 1983年9月29日
山口市駅通り二丁目三番一九号
原告
中村大輔
右訴訟代理人弁護士
井貫武亮
同市黄金町七番二八号
被告
山口税務署長
妹尾光
右指定代理人
佐藤拓
同
毛利甫
同
溝下正喜
同
藤井孝
同
植田儀重
同
土井哲生
同
徳永輝三
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が昭和五六年一月三〇日付で原告の昭和五三年度及び同五四年度分所得税についてした各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定(昭和五四年度分については、国税不服審判所の昭和五六年一〇月二一日付の裁決で維持された部分)をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 本件処分の経緯等
原告は、いわゆる青色申告者であるが、昭和五三年及び昭和五四年の各年度分の所得税について、原告のした確定申告、これに対する被告の各更正及び各過少申告加算税の賦課決定(以下、右各更正を「本件各更正」と、右各過少申告加算税の賦課決定を「本件各決定」とそれぞれいう。)並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、別表(一)記載のとおりである。
(二) 本件処分の違法事由
しかし、本件各更正及び各決定(昭和五四年度分については、前記審査裁決により維持された部分。以下同じ。)は、原告の事業所得金額から訴外大上鉄郎(以下「訴外大上」という)に対する貸付金の貸倒損失を必要経費として控除せず、これを含めた金額を課税標準としている点で違法である。
よつて、原告は、被告に対し、本件各更正及び各決定の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
(一) 請求原因に対する認否
1 請求原因(一)の事実は認める。
2 同(二)のうち、本件各更正及び各決定が、原告主張の貸倒損失を事業所得金額から控除していないことは認めるが、その余は争う。
(二) 被告の主張
原告の昭和五三年度及び同五四年度分所得税に関する更正処分の経緯は、それぞれ別表(二)、(三)記載のとおりである。原告は、被告のなした右処分は、事業所得金額計算上原告主張の貸倒損失を必要経費として控除していないから、違法である旨主張するが、右貸倒損失は所得税法五一条二項に謂う事業所得の必要経費に該らないものというべく、本件各処分は適法である。けだし、必要経費に算入できる貸倒損失は、当該事業所得の基因となる事業の範囲に属する事由によつて生じたもの、換言すれば、当該事業所得を得るために通常必要とされる貸付金等の貸倒れに限られると解すべきであるところ、原告は、司法書士、土地家屋調査士及び行政書士の業務を行なう者であつて、かかる事業(以下「司法書士等業務」という)を行う者が、その業務の嘱託を受けたことを機縁として、当該嘱託者に資金を貸付けることは、その業務の範囲に属さないと考えられるからである。この点につき、原告は、訴外大上に対する貸付けは、同訴外人から原告の司法書士等業務の仕事の依頼を得るため、つまりは顧客解保のためのものであるから、その事業遂行上必要なものであつた、と主張するが、右貸付がそのためのものであつたことは原告本人尋問の結果その他の証拠によつても認められないのみならず、そもそも顧客確保のためにもせよ、資金を貸付けること自体、司法書士等業務の範囲に属さないことは関係法令(司法書士法・土地家屋調査士法・行政書士法・同各施行期則)の定めに照らしても明らかである。
三 被告の主張に対する認否及び原告の主張
(一) 被告の主張に対する認否
被告の主張のうち、原告の昭和五三年度及び同五四年度分所得税につき、原告の総所得金額のうち、不動産所得金額、利子所得金額及び給与所得金額並びに事業所得を計算するにあたつて被告が認定した収入金額並びに所得控除額、及び、原告が、司法書士、土地家屋調査士及び行政書士の業務を行うものであることは認め、その余は争う。
(二) 原告の主張
原告は、昭和五〇年八月ころから頻繁に司法書士等業務の仕事を依頼してくるようになつた建設業を営む訴外大上に対し、同五一年六月ころから数回資金を貸付けたが、同人の倒産により合計約金一三七〇万円が回収不能となつた。
ところで、原告が訴外大上に右貸付けを行つたのは、訴外大上に建設業を続けさせ、同訴外人から引続き原告の司法書士等業務の仕事の嘱託、依頼を確保するためであつた。したがつて、右貸倒金のうち、同人が、原告に対し、昭和五三年及び同五四年中に返済すべき各金額二五二万八五〇〇円及び四〇〇万円は、原告の事業遂行上生じたものであつて、所得税法五一条二項に該当するから、事業所得の必要経費にあたり、控除されるべきものである。
四 原告の主張に対する認否
原告主張の事実は知らない。
第三証拠
一 原告
1 甲第一号証の一、二、第二号証の一ないし三、第三号証
2 原告本人
3 乙号各証の成立はすべて認める。
二 被告
1 乙第一ないし第六号証、第七号証の一ないし三、第八ないし第一三号証
2 甲第一号証の一、二、第三号証はいずれも成立を認めるが、第二号証の一ないし三の成立はいずれも不知。
理由
一 請求原因一の事実(本件処分の経緯等)、原告が、司法書士、土地家屋調査士及び行政書士の事業を営むものであり、原告の昭和五三年度及び同五四年度分所得税につき、原告の総所得金額のうち、不動産所得金額、利子所得金額及び給与所得金額また、事業所得を計算するにあたつて被告が認定した収入金額並びに所得控除額については、当事者間に争いがない。
二 原告は、訴外大上に対する本件貸付金の貸倒損失が、右事業所得の計算上必要経費にあたり、これを控除すべきであると主張する。しかし、所得税法五一条二項に「その事業の遂行上生じた貸付金の貸倒れにより生じた損失の金額は、事業所得の金額の計算上、必要経費に算入する」旨の規定はあるが、ここにいう「事業の遂行上生じた貸付金」とは、当該事業の遂行と何らかの関連を有する限りの貸付金すべてを指すものではもとよりなく、その業種業態からみて、当該業務の遂行上通常一般的に必要であると客観的に認め得るもの、換言すれば、当該事業による収入との間に相当因果関係の認められるそれをいうものと解するのを相当というべきところ、成立に争いのない甲第一号証の二、乙第五、第九号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五〇年初めころから、建設業を営む訴外大上に、所有権移転登記、土地の分筆、測量、地目変換、農地法上の許可手続、抵当権の設定等の仕事を依頼されるようになつたこと、原告は、貸金業を営むものではないが、訴外大上の経営状態が悪化するや、同五一年ころから、同人から頼まれるまま、その売掛債務を立替えて支払う等して同人に対する貸付けを行なつたが、結局同人が倒産し、右貸付金の回収が不能に終つたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
そして、そうとすれば、原告の訴外大上に対する右のような貸付けは、たとえそれによつて原告に自己事業の収入の増加を期待するところがあつたとしても、司法書士(司法書士法二条)、土地家屋調査士(土地家屋調査士法二条)、行政書司(行政書士法一条、一条の二)の事業の遂行上、客観的一般的に通常必要とされるものではないことは明らかといわざるを得ない。
とすれば、原告主張の貸倒損失は、原告の事業所得の必要経費と認めることは、到底許されず、したがつて、被告が、それを事業所得の必要経費として収入から控除しなかつたことは正当であるというべきである。
三 よつて、原告の本訴請求は、その理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西岡宜兄 裁判官 丹羽日出夫 裁判官 木村元昭)
別表(一)
<省略>
別表(二)
昭和五三年度分課税経過
<省略>
(注)1 △はマイナスを表わす。
(注)2 「更正」欄の「8過少申告加算税の基礎となる税額」五五一、〇〇〇円は、「6納付すべき税額」四五八、九〇〇円と「確定申告」欄の「7還付金の額に相当する税額」九三、〇九二円を加算して一、〇〇〇円未満を切捨てたものである。
別表(三)
昭和五四年度分課税経過
<省略>